2012年6月4日月曜日

スプレッドシート統制関連ソフトウェア製品の傾向2008.10: スプレッドシート統制 研究室


海外に於ける専用ソフトウェアベンダの健闘

まず、「スプレッドシート統制ソフトウェア製品リスト」を更新する際に、各リンク先が活きているかを調べました。

このリストは、Excelの使用継続を前提として、スプレッドシート統制を組込む「統制補完型」の専用ソフトウェア製品を掲載しています。

このリストを最初に公開した2007年7月から、既に15ヶ月が経ちました。栄枯盛衰の目まぐるしいソフトウェアベンダのこと、金融危機の只中で、何割が生き残っているかと心配でした。

しかし、驚いたことに、Compassoft以外の全ての会社がソリューションの提供を継続していました。Compassoftの例があるにせよ、スプレッドシート統制用ITソリューションが、継続的に供給されていてほっとしました。しかも、結構な製品数になっています。

スプレッドシート統制専用ソフトウェア製品を持つベンダは、専門性で勝負している比較的小規模な会社が主体です。例外はありますが、極端な製品開発投資をしている会社も少なく、堅実な経営振りなのが、今回の生存率に表れているように思います。


国内での専用ソフトウェア市場は離陸待機中?

「スプレッドシート統制ソフトウェア製品リスト」に、漸く、国産製品が増えて来ました。

このリストの製品カテゴリでは、昨年から、株式会社日本ビジネスデータープロセッシングセンターがいち早く開発した「文禄゛」の孤軍奮闘が続いていましたが、漸く、後続製品が発売され出しました。

沖コンサルティングソリューションズ株式会社と株式会社クレッシェンドの共同開発による「SS SOXing」がそれです。

実は、「文禄゛」も「SS SOXing」も、金融機関のニーズによって誕生した製品です。前者が最低限の機能に絞り込んだコンパクトさを売りにすれば、後者は、金融機関特有の要件への対応に特徴があります。

「スプレッドシート統制ソフトウェア製品リスト」の「スプレッドシート運用統制」欄に分類されている海外製品の殆どは、金融機関か製薬会社への販売を狙って開発されています。国内でも同様に限定されたユーザー層に向けた製品化が進むのでしょうか。

株式会社クレッシェンドは、それ自体もExcelアプリケーションである「管理対象特定ツール」(別名: Excelファイル分析システム)や「文書化支援ツール」も併売しています。株式会社アイネットも類似の支援ツールを、Excelをクライアントに利用するアプリケーションサーバである「ホットエクセル」で開発した「スプレッドシート統制ソリューション」と組み合わせて発売。

外国製ソフトウェアの国内販売では、「スプレッドシート統制用ITソリューションの広告現る」でお伝えした広告を国内のコンピュータ雑誌に掲載した米Mobiusが、米Allen Systems Group(ASG)に買収され、ほぼ完成していた日本語版ソフトウェア製品の発売が、ASGの日本法人によって、見送られています。

国産製品が増加傾向にあるとは言え、国内でのITソリューションを利用したスプレッドシート統制の構築は、離陸準備中と言えそうです。現在は、暫定対処で凌いで、離陸時期は、来年半ば以降という説がありますが、皆さんの観測は如何ですか?


国内の汎用ソフトウェア製品ベンダはスプレッドシート統制で売出し中

一方、「Excel代替・補完ソフトウェア製品リスト」には、異なる傾向が見て取れます。

こちらのリストが対象とする製品カテゴリは、スプレッドシート統制を目的として開発された専用品ではないが、Excelを代替或いは補完することによって、スプレッドシート統制に活用できるITソフトウェア製品です。

リストを見て、まず気付くのは、国産製品が、思いの外、提供されていることです。


コミュニケーション障害のWebベースのフォーラム

この半年位で、スプレッドシート統制に有効とするソフトウェア製品の広告が著しく増えました。皆さんにも、ソフトウェアベンダやその代理店から、製品紹介のメールが届く様になっていませんか。

大分以前から販売されていた製品を含めて、今、将に売出し中という印象です。


国内では業務アプリケーション開発に於けるExcelユーザの取込みが中心

「Excel代替・補完ソフトウェア製品リスト」に掲載した国産製品の傾向として、以下の2点を挙げることができます。

  • Excelの裾野の広いユーザ層を取込むことを狙った製品が多い。
  • 業務アプリケーション開発及び実行用のツールや部品に該当する製品が多い。

この傾向を一口に言えば、「業務アプリケーション開発に於いて、Excelユーザーの取込みを狙う製品が多い」と言う事です。

「スプレッドシート統制ソフトウェア製品リスト」の専用ソフトウェアが、特定業種のユーザー層を対象とした「統制補完型」であるのに対して、国産の汎用ソフトウェア製品は、裾野の広いユーザー層及び業務を対象とした「業務改革型」と位置付けられると思います。

図1 スプレッドシート統制関連ソフトウェアの位置付け

この傾向の原因を断定することはできませんが、管理人は、Excelに限定されない業務アプリケーションの開発を事業の柱とする業態のベンダが、パッケージ製品の販売を併せて行っているからではないかと考えています。

業務アプリケーション開発の引合い獲得や、成果物の再利用による利益率の下支えを目的として、一度開発したソフトウェアを元にパッケージ製品化を図ることは、ソフトウェア開発業界の常套手段です。

Excelが関係するソフトウェア製品を持つベンダにとって、スプレッドシート統制や、「Excelレガシー」への注目は、拡販の好機です。例え、元々の開発目的が別のところにあっても。


目的適合とユーザ意向の確認が重要な汎用ソフトウェア製品

本来は、スプレッドシート統制や、「Excelレガシー」への対応を目的として開発されていないソフトウェア製品を、或る種のブームを活用して拡販しようとして居ると言うと、悪いことの様に聞こえるかも知れません。しかし、そうとも限りません。

業務やスプレッドシートの開発に於いて、本来すべき事をしっかりやれば統制が確立できるならば、正しい業務を実現する事こそ、統制導入の在るべき姿です。統制手段を個別に組込む「統制補完型」ではなく、対象業務の効率や品質を向上させるアプリケーションソフトウェアの中で、当然やるべき事としての統制を実現する「業務改革型」も理に適っています。

ソフトウェア製品を使う側の意図が、現行業務は維持しながら統制確立を図る事に在るのか、業務の改革を図るのかによって、ソフトウェア製品の適否が個別に決まります。また、他の目的の為に開発されている製品ならば、使う側が想定する目的に、どの程度対応しているかを見極める必要もあります。

スプレッドシート使用業務は、ユーザが、Excelを従来通りに使いたいと望む場合も多く、この意向を無視すると使われないシステムになる場合もあります。国産の「業務改革型」を選択する場合には、この点に注意が必要だと思います。


多様な展開を見せる海外の汎用ソフトウェア製品

海外の汎用ソフトウェア製品にも、国内に於ける上述の傾向に該当する製品はあります。しかし、海外では、以下に示す様に、より多様な展開を見ることができます。


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まず、海外では、対象とするユーザ層を見た場合に、専用ソフトウェア製品と同様に、Excelの高度な機能を使いこなして、複雑なモデルを開発する、数の上では少数派のユーザ層に的を絞った製品が少なくありません。

次に、製品の目的を見ても、海外では、スプレッドシートの共有や非定型なユーザ間の協働作業の支援を目的とする製品や、大規模データ処理の高速化や、ロジックの集中管理を狙った製品もあります。

さらには、技術革新を反映した傾向にも注意する必要があります。電子化されたスプレッドシート自体は、Excelの登場と事実上の市場支配(注1)によって、一定の完成を見ています。しかし、近年のインターネット由来の技術開発や、それに触発されたWebを利用したアプリケーションの開発技術の動向は、スプレッドシートとも無縁ではなく、新たな利用価値の模索も盛んです。

海外では、Excelスプレッドシートのデータを遠隔保管し、インターネット経由でExcelブックと入出力したり、Webブラウザでアクセスさせたりするサービスや、Webスプレッドシートと呼ばれるExcelの使用を前提としないオンラインスプレッドシートサービスも提供されています。尚、一部のサービスは、既に、日本語化されて、国内でも提供中です。


海外製品が示す傾向の背景に留意

海外製品が示す傾向を解釈し、今後の動向を占う場合には、以下に示す背景の考慮を忘れないで下さい。

特定ユーザ層への特化の背景

海外では、専用品、汎用品を問わずに、Excelを高度に駆使する特定のユーザ層や、特定業種の特定業務への特化という傾向があります。管理人は、この傾向の理由として、以下の3点を挙げる事ができると考えています。


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  • 製薬・金融業界に於けるスプレッドシート統制を要求する法令の施行
    米国FDA 21 CFR Part11が1997年に施行され、2004年の統制要件を定めるガイドラインの発行によって具体的な適用に入っています(注2)。また、2002年に米国SOX法が成立し、2004年に早期適用企業に対する適用が開始されました(注3)。欧州主要国でも、これらの米国法令との調和を図る法令を、日本に先駆けて順次施行しています。法令の適用範囲はより広いものの、最も対策の必要性に迫られたのは、それぞれ、製薬会社と、証券及び投資銀行業務を行う金融機関でした。
  • 金融機関に於けるスプレッドシート高度利用の急拡大
    今回の金融危機の原因となった、金融工学を駆使した複雑な金融商品の開発、及びその組合せによる取引の急激な拡大は、スプレッドシートに大きく依存しています。多くのデータソースを持ち、複雑なVBAプログラムや外部ライブラリを用いて、多くのワークシートやブックに膨大なデータを抱えたモデルが開発され、金融技術の進歩を活用した仕組み商品開発の為に、頻繁に保守されています(注4)。このリスクの塊の様な高度利用形態が、急拡大していたのです。
  • スプレッドシート統制の費用を負担できるユーザ層の限定
    スプレッドシート統制専用のITソリューションは、決して安価ではありません。ソフトウェア製品自体のライセンス料金や保守料金に加えて、その導入時のコンサルティングにも、決して安いとは言えない料金が必要となります。ユーザ当たりの利益金額、或いは、金額に換算したリスクが高額になるユーザ組織でなければ、これらの費用を負担することが正当化されない筈です。製薬や金融の中でも担当する事業や業務が限定されるのではないでしょうか。

「統制補完型」製品の開発・販売の背景

海外では、「業務改革型」ではなく、「統制補完型」のスプレッドシート統制専用ソフトウェア製品も盛んに開発及び販売されて来ました。管理人は、この傾向は、以下の3点に、その理由を求める事ができるのではないかと考えています。


  • スプレッドシート統制を要求する法令施行時の時間的余裕の不足
    FDA 21 CFR Part11、SOX法のいずれにしても、適用開始時には、何をどこまでやれば十分と判断するかについて、混乱がありました。適用開始期限が迫り、過剰統制を余儀無くされる企業もあれば、付け焼刃の対策に走る企業も出ました。特に、SOX法対応では、対応しなければならない課題を無数に抱える企業では、一から業務改革を図る余裕が無い状況でした(注3)。
  • Excelスプレッドシートを従来通り使用したいユーザ層の存在
    開発に必要なツール及び技術が、Excel並みに普及している代替製品は在りません。Excelを他のソフトウェア製品に置換えると、業務現場のニーズに即応できなくなる恐れがあります。また、多数のブックが連携している場合、高度なVBAプログラムを開発している場合や、外部ライブラリやプラグインを用いている場合等は、Excelを置換えると、機能維持が困難になる事も在ります。これらの不安から、Excelの置換えには抵抗を示すユーザが少なくありません。
  • 長年に亘る関連研究・実践の蓄積
    スプレッドシート統制に関して、欧米には、広く浸透していないながらも、エラー研究や監査に端を発する研究及び実践の蓄積があります(「スプレッドシート統制の発展経緯・現状」参照)。蓄積された知見が、ソフトウェア製品の企画及び開発に活用されたのは間違い無い反面、業務の効率化や品質向上を含む「業務改革型」ではなく、「統制補完型」の視野を形成したのかも知れません。

今後もサービスを含む国内外の動向観察が必要

国内でのスプレッドシート統制関連ソフトウェア製品の市場形成が、欧米とは異なる筋道を辿る理由には事欠きません。しかし、海外の方が、知見の蓄積が豊富で、製品開発も活発なので、依然として、学ぶべき点が多いのも事実です。

また、今回の記事は、ソフトウェア製品を中心に見ていますが、今後、ますます、サービスの動向も要注意です。

スプレッドシート統制は、一般には、ITソリューションを購入すれば、直ぐに利用できるというものではありません。実は、導入前の問題整理、対策方針決定、管理体系設計、管理規程導入や、導入後の評価及び改善といった作業が重要です。

「ニーズへの即応」が命のエンドユーザコンピューティング(EUC)では、スプレッドシート統制も、スプレッドシートの異動に対して、迅速に追随する事が求められます。その為の支援や仕組み作りも必要な作業です。

ソフトウェア製品を生かすも殺すも、こられの作業次第と言っても過言ではありません。

無論、ユーザ会社が自力で行う事もできますが、社外のコンサルタントの手を借りる場合も多いと思います。国内でも、リスク管理コンサルティング会社や、監査法人のコンサルティング部門が、スプレッドシート統制の指導をした事例があります。

国内に於けるスプレッドシート統制関連サービスの展開は、ソフトウェア製品よりも更に海外に遅れを取っていると思います。但し、管理人は、国内では、海外とは異なる考え方のサービスが発達する可能性が有ると考えています。

過剰統制に陥らず、個別の導入先にとって効果的なスプレッドシート統制を確立及び維持する為に、今後も、国内外を問わずに観察すべきテーマは尽きません。もう直ぐ年末です。来年度の計画も本格化する中で、戦略を練りましょう。

注1: 「スプレッドシートソフトウェアの歴史」を参照。

注2: 「【'02-'03年】(2)製薬業界に於けるスプレッドシート統制の展開」を参照。

注3: 「【'02-'03年】(1)企業不祥事続発・SOX法成立の興奮と404条適用の迷走」を参照。


注4: 「スプレッドシート統制参考文献リスト」に掲載されている「デリバティブ・ポジション・リスク管理でのMS-Excelの利用」、「資産運用会社に求められるEUC管理」、「 The Importance and Criticality of Spreadsheets in the City of London」等を参照。


付録:Compassoftの足跡

最後に、Compassoftを偲んで、その足跡を振り返って置きたいと思います。

Compassoftは、スプレッドシート監査ツールのExChecker、スプレッドシートアクセス管理システムDaCS、情報資産管理システムCompassoft Enterpriseを開発及び販売していました。Compassoft Enterprise以外は、スプレッドシート統制専用のITソリューションで、それぞれの分野では豊富な導入実績を誇っていました。

これらの製品の内、Compassoft Enterprise以外は、元々は自社で開発した製品でありません。Compassoftは、このカテゴリのベンダとしては珍しく、M&Aによって業容を拡大した会社だったのです。

Compassoftに買収されたのは、FDA 21 CFR Part11対応用製品の老舗(恐らく元祖)だったWimmer Systemsと、スプレッドシート監査ツールベンダのSpreadsheet Auditingで、いずれの買収も、Compassoft Enterpriseの初リリースと同じ2005年のことでした。

特に、Wimmer Systemsは、メガファーマと呼ばれる巨大製薬会社多数を含む製薬会社を中心に、60社のユーザを持ち、また、欧州にも極めて有力な代理店があったので、その買収によって、一気に顧客基盤と販売体制を得たと報じられたものです。

管理人が、Compassoftに直接のコンタクトを持ったのもこの時期です。管理人は、当初、買収した製品の機能を統合して行くのだろうと予想していましたが、結局、各製品に大きな進歩は無く、統合もされませんでした。ただ、顧客基盤と品揃えという点では、Compassoftは、依然、存在感を示すベンダでした。

2006年のCompassoftは、活動が停滞している様に見えました。しかし、2007年になると一変しました。この年、Compassoftは、社員数を急激に増やし、EuSpRIGの年次大会ではメインスポンサーにもなって、代理店に依存していた英国に自社拠点を開設し、金融分野への販売強化を目指していました。

ところが、2008年の6月に、4年間CEOを務めたPaul Bach氏が、取締役として残ったものの、CEOを辞職してしまいました。拡大戦略の後だったため、状況が良くないのだと推測していたところ、冒頭にお知らせした事件が発生してしまいました。

上述の様に、顧客基盤も製品もある会社だけに、どこかの会社がこの資産を買い取ることになると思われます。同社のユーザ企業の為にも、良い結末を迎えられることを祈ります。

*  *  *   以    上   *  *  *



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