2012年5月10日木曜日

■Circulation Forum■Opinion・バックナンバー


―欧米の高血圧の治療ガイドラインでは,糖尿病を合併する場合,独立した危険因子として,より低い降圧目標値が設定されていますが, 日本でも糖尿病合併の問題が重視され,ガイドライン策定の動きが見受けられます。現在の状況からお聞かせください。

 1998年に日本高血圧学会と日本糖尿病学会の合同委員会が設置されましたが, われわれはすでに,1996年から「高血圧合併糖尿病患者の高血圧治療指針」策定のために, 日本固有の基礎データの収集と検討を開始していました。それは学会主導という形をとらないもので, メンバーは,私に加え,吉川隆一,荻原俊男,島本和明,河盛隆造の各先生方による私的な集まりです。

 国内成績の有用度

ガイドライン策定にあたっては,日本人と他との人種差や,日本にしかない降圧薬もあるため, 国内のデータがどうしても必要ということで開始されたのですが, ある程度の対象数を持つ無作為化比較試験は国内にほとんどありませんでした。 唯一参考になると思われたのは,開発時の第III相試験データです。 エンドポイントを脳心の大血管障害とした場合,イベントまで追跡した試験はGLANTとNICS-EHですが,糖尿病だけの解析はなされていません。

また,糖尿病で問題になる腎機能について,血清クレアチニンや蛋白尿が定量 的な数値として扱われているものはほとんどなく,降圧薬開発のための治験ということで,降圧効果 と生化学的パラメータしかみていません。そのため,数多くのわが国の成績はsurrogate endpointの最たるものということになるかもしれません。

しかしながら,このようにして収集した成績を約2年かけて解析したところ, 一応の結果が得られました。日本でも利尿薬やβ遮断薬はそれほど血糖値に悪影響を与えず, また,どの降圧薬もほぼ同等に20/10mmHg程度降圧させていたということです。 ほかに,α遮断薬の糖・脂質代謝へのメリット,ACE阻害薬の血糖値へのメリットなども裏づけられました。 その結果は,「日本における高血圧合併糖尿病治療指針策定のための基礎データ収集および検討」として,すでに発表されています(Ther Res 1998,19:2947-2968)。

データが少なく,長期的な成績もなく,エンドポイントがイベントではなかったなどの理由でメタアナリシスができず, 各スタディの前後の平均値を出し,全スタディ全症例の平均値を表示する方法をとったのです。

 ガイドライン作成のための厚生省の動き

われわれのこのような動きが効を奏してか,1998年,高血圧学会と糖尿病学会の合同委員会が誕生し, 藤島正敏,赤沼安夫両先生を世話人として,糖尿病患者の高血圧治療ガイドラインを作成することになりました。 また,それとは別に,昨年の日本高血圧学会会長の日和田邦男先生を中心に,本態性高血圧治療の日本のガイドラインを作成する動きも出てきました。

その後,厚生省医療技術評価総合研究事業の諮問機関において, 患者数の多い疾患について日本でも早急にガイドラインを作成するよう答申がなされました。 優先順位は,本態性高血圧,糖尿病,喘息,虚血性心疾患とされ, それぞれ藤島正敏,赤沼安夫,宮本昭正,上松瀬勝男の各先生が班長となって各ガイドラインの検討が開始されています。


脊柱側弯症SSIの障害

班会議の名称は,例えば糖尿病なら「科学的根拠に基づく糖尿病の診療指針策定に関する班研究」とされており, 遅くとも年度末までにある程度のドラフトを提出するよう要請されています。 当然ながら日本のデータも含めて文献検索し,その結果を一定のレビュー形式に基づいて対象数, 試験デザイン,降圧薬の種類,降圧の程度,合併症などを評価し,ドラフトを作成する予定になっています。 その後は,そのドラフトを各学会が承認し,厚生省と各学会がサポートした形でガイドラインが公表されるのが好ましいと思いますが, 少なくともあと2,3年はかかるのではないでしょうか。

しかし,このように厚生省がevidence-based medicineを重視し,標準化された治療指針を医師に示そうとしていることは非常に評価できると思います。

―日本の動きはだいたい窺えました。今後は海外のガイドラインをどう評価し,参考にしていくべきでしょうか。

 JNC VIにみる降圧開始時期と降圧目標値

1997年後半に発表されたJNC VIは,JNC Vと基本的には同じ内容と言えますが, リスクをA, B,C群に層別化し,その程度によって治療法を示した点が特徴的といえます(表1)。 例えば,糖尿病を有する場合,他の危険因子の有無にかかわらず,最も高リスクのC群とし,130/85mmHg以上で直ちに降圧治療の開始としています。


両親の肥満
表1 JNC VI(1997)と1999WHO-ISHガイドラインにおける糖尿病患者の降圧治療
*糖尿病性腎症があればcompellingindicationとなる。
**ただし,虚血性心疾患合併症ではβ遮断薬を投与すべきである。
***耐糖能低下や高脂血症に有用とされている。
降圧目標も,本態性高血圧で140/90mmHg未満であるのに対し,糖尿病や腎機能障害があれば130/85mmHg未満, さらに蛋白尿1g/24時間を超える腎機能障害の場合には125/75mmHg未満としています。
これらの目標値は,米国糖尿病学会(ADA)や米国立保健研究所(NIH)のワーキンググループが示した値を参考にしたと思われますが, その時点ではあまりevidenceはなかったと思います。 ただし,腎機能に関するevidenceとして, 蛋白制限と降圧により腎機能悪化をどの程度抑制できるかをみたMDRDがあり, 血圧を下げるほど抑制効果が高いとのことでした。 また,MRFITの解析結果では,血圧が120/80mmHg以下の群に比し,140-160/90-100mmHgのものでは腎障害発症率は約3倍でした。
JNC VI 1999 WHO-ISH
リスク リスクC(最もhigh risk) high risk
(SBP≧180またはDBP≧110mmHgあるいは腎症があればvery high risk)
降圧開始血圧 130/85mmHg以上 140/90mmHg以上
降圧目標血圧 130/85mmHg未満 130/85mmHg未満
降圧薬の選択 ACE阻害薬* ACE阻害薬*
Ca拮抗薬 少量の利尿薬
α1遮断薬 β遮断薬
少量の利尿薬 α1遮断薬***
β遮断薬は要注意**

1999 WHO-ISHガイドラインの根拠となるevidence

今年2月に発表された1999WHO-ISHガイドラインでは,糖尿病があれば「高リスク」あるいは「超高リスク」群で, 140/90mmHg以上で降圧治療を開始し,降圧目標値は130/85mmHg未満に設定されています。

糖尿病については,HOT studyやUKPDSの結果をevidenceとしたものと思われます。 1998年に発表されたHOT studyでは,3段階の降圧目標(DBP≦80,85,90mmHg)における心血管系疾患のリスクをみると, 血圧を下げるほど発症率が低く,この傾向は糖尿病を合併した患者ではさらに顕著で,80mmHg以下群で51%減少していました。

同じ1998年に発表されたUKPDSでは,高血圧を合併した糖尿病患者を厳格な治療群(144/82mmHg)と より緩やかな治療群(154/87mmHg)に割り付けたところ,厳格にコントロールされた群では,糖尿病関連合併症や脳卒中などが有意に低下しました。


不安の操作的定義

―以上の,世界を代表する二つの高血圧管理のためのガイドラインは, 今回のWHO-ISHガイドラインによって双方が歩み寄ったとも考えられますが, 薬物治療においては微妙な差異があるようです。どのように評価されていますか。

β遮断薬の位置づけ

JNC VIでは,前述のADAやNIHの流れを受け,糖尿病がある場合はACE阻害薬, Ca拮抗薬,少量の利尿薬,α遮断薬を推奨しており,β遮断薬は要注意となっています, これは現時点では最も実用的な使い方を提示しているのではないでしょうか。

一方,1999WHO-ISHガイドラインでは,本態性高血圧の場合,第一選択として利尿薬, β遮断薬,ACE阻害薬,Ca拮抗薬,α遮断薬,AII受容体拮抗薬の6種類の降圧薬が並列に扱われています。 糖尿病性腎障害の絶対適応はACE阻害薬,糖尿病の相対適応は利尿薬とβ遮断薬ということで, 欧州主体のガイドラインという意味で,β遮断薬に重きが置かれているという印象があります。

Ca拮抗薬とACE阻害薬

HOT studyやUKPDSのevidenceがありながら,糖尿病の適応にCa拮抗薬があがっていないことについては, Hansson先生によると,ガイドラインには多数の人々がかかわっており,コンセンサスが得られないこともあるとのことでした。

60歳以上の収縮期高血圧患者でジヒドロピリジン系の長時間作用型Ca拮抗薬の有効性が証明されたSyst-Eur試験のサブアナリシスでは,糖尿病合併高血圧患者では糖尿病のない高血圧患者より降圧による治療効果 が高いという結果でした。このように,少なくとも脳と心に関しては,降圧薬の種類にかかわらず,しっかり降圧することでメリットが得られるという考え方が定着しつつあると思います。

ACE阻害薬は,JNC VIでは蛋白尿を伴う1型糖尿病患者で絶対適応となっており, WHO-ISHガイドラインでも,糖尿病性腎症では第一選択とされています。 糖尿病性腎症では,正常血圧でも微量アルブミンのある場合にACE阻害薬を投与すると,アルブミン排泄が増加しないというデータがあります。

糖尿病におけるCa拮抗薬の有効性を示す大規模試験のデータは多くありません。 長時間作用型Ca拮抗薬と数種類のACE阻害薬で比較した日本のJ-MIND試験では同等の結果が得られています。

また,UKPDSでは,β遮断薬とACE阻害薬で腎症の進行や大血管障害をみると,やはり同等の効果が得られています。 このようなことから,糖尿病性腎症においても,降圧薬の種類を問わず,十分な降圧が有効であると考えられますが, ACE阻害薬には多数のevidenceの蓄積があり,それらを考慮するならば微量アルブミン尿があり, 血圧値130/85mmHg以上の場合はまずACE阻害薬を選択すべきでしょう(図1)。 私はJ字現象はあると思っています。

図1 各種降圧薬の平均降圧度

Ther Res 1998,19:2954)

―目標値が低く設定されるほど,併用の可能性が考えられますが。

血圧は低いほどよいということで,降圧目標値を達成しようとすれば,当然,単剤では不可能な場合が出てきます。 HOT studyでも70%以上の患者で併用療法が行われ,UKPDSの厳格な治療コントロール群でも60%以上で2剤以上の降圧薬を使用していました。 今後,血圧を下げようとすればするほど併用療法は増えることになり,その場合,どのような組合せがより有効かということが重要になってきます。


WHO-ISHガイドラインでは「効果的な薬物の組合せ」として,利尿薬+β遮断薬,利尿薬+ACE阻害薬(またはAII受容体拮抗薬), Ca拮抗薬(ジヒドロピリジン系)+β遮断薬,Ca拮抗薬+ACE阻害薬,α遮断薬+β遮断薬が推奨されています。 常用量で降圧効果が十分でない場合,最大用量の単剤を使用するよりは,副作用の点からも異なる機序の降圧薬を少量ずつ加えていくことが好ましいと思います。

糖尿病があって腎保護効果を期待する場合は,血圧が130/85mmHgを超えた時点で,微量アルブミン尿の有無にかかわらず, まずACE阻害薬を投与し,それで血圧コントロールが不十分な場合はCa拮抗薬を追加する。 中等度以上の腎機能障害例では,ループ利尿薬にCa拮抗薬を併用し,ACE阻害薬を少量加える。 それでも目標値に到達できない場合は,α遮断薬や,古い薬剤でメチルドパを投与する場合もあるかもしれません。

―日本における薬剤選択で特に留意する点はありますでしょうか。

未発表ですが,最近の降圧薬の使用頻度に関するわれわれのアンケート調査によると, 本態性高血圧ではCa拮抗薬が約70%,ACE阻害薬が約30%の割合で処方されていますが, 糖尿病合併例では,Ca拮抗薬が約60%,ACE阻害薬が約40%という結果 が出ており,日本でもACE阻害薬の使用が増加している傾向がみられました。

なお,日本では130/85mmHgを超えた時点ですぐに治療開始という状況にはありませんが, 私は,より低い血圧レベルからきちんと降圧することが重要であると思います。 微量アルブミン尿があればACE阻害薬が第一選択でしょうが, そうでない場合は,その他の利尿薬,β遮断薬,Ca拮抗薬,α遮断薬のいずれも使用可能と思います。

 今後期待される大規模臨床試験

日本のガイドライン作成に当たっては,日本では欧米に比べて脳血管障害が多く, 心疾患が少ないといった疾病構造の違いを考慮すると, 欧米の臨床試験結果をそのまま受け入れることには問題があるでしょう。 降圧治療により脳血管障害が減少することは日本でも証明されていますが,逆に心疾患が増えつつある傾向がみられます。

欧米でも利尿薬,β遮断薬の有効性を示す多数のデータがありますが, Ca拮抗薬に関してはSyst-Eur,HOTstudyなど少しずつデータが揃いつつありますが,十分とはいえません。 同様に,ACE阻害薬については心保護効果,心肥大退縮効果についてはSOLVED, SAVEなどの試験結果によって証明されていますが,一次予防に関する大規模試験はありません。 α遮断薬についても大規模試験のデータは不十分です。 進行中のALLHATやPROGRESSなどの結果が待たれるところです。

―残念ながら,一部を除いてほとんどは欧米で進行中の試験です。日本で臨床試験(治験)を推進していくには,どのような点を改善すべきでしょうか。

プラセボを対照とした二重盲検試験への患者の同意が得られにくくなっていることから, 日本での臨床試験は海外に比べ,実施時間が大変長期にわたっているのが現状です。 厚生省もすでに海外の臨床試験データを受け入れるようになったので,いっそう「治験の空洞化」が進み, このままでは,海外からは「治験のただ乗り」との批判が出てくることは明らかです。


 治験専門外来とCRC

日本の病院の現状では,多忙な医師が十分な時間をとって患者に説明し理解を得る, つまりインフォームド・コンセントの取得が困難な状況にあります。 今後は治験専門外来を設置し,専門のコーディネーター(CRC)によって,治験のメリットとデメリットをよく説明し, 患者に積極的に参加してもらえるような基盤整備が必要になってくるでしょう。

私の経験でも,糖尿病性腎障害でACE阻害薬2剤とプラセボの効果を比較するため, 300人の患者エントリーを目標に取り組みましたが,なかなか同意が得られず,締切を1年半延ばしても80人程度しか集まりませんでした。

治験の告知はオープンに

欧米では,プラセボ対照の試験であっても,きちんと検査・診察が受けられる上,医療費がかなり安くなる, そしていつでも中止できるということが理解されており,試験参加の動機づけが明白です。 また,病院の外来は,試験への参加を呼びかけるポスターが貼られているような環境になっています。

日本でもようやく厚生省が,交通費などの損失補填の意味合いで7000円程度の支払いや, 治験参加中の費用はほぼ無料になるシステムを認めるようになりました。 それだけでなく,例えば新聞の全面広告やインターネットで治験を紹介し, 参加者を募るなどオープンにして患者に登録してもらい,事前にその地域で病院を指定し, 特定の日に一斉に投与を開始するようなシステムづくりも必要だと思います。



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